2014年8月1日

「それでも明日に夢を見る」

田中優無料メルマガより


□◆ 田中 優 より ◇■□■□


「それでも明日に夢を見る」



 先日山口県に講演に招かれ、主催者にぜひ会って欲しいという人とお会いした。森の再生や木材の活用の話をしたのだが、その人の年齢に驚く。94歳なのだ。それなのに耳の衰えもなく、新聞も裸眼でそのまま読むそうだし、驚いたのはぼくの本を渡されて、面白くて一晩で読み終えたというのだ。お名前は木村菊人さんという。

 驚くのはさらにインターネットやフェイスブックまで利用し、友人が山口周辺が大雨・洪水に遭った時に「大丈夫でしたか?」と聞くと、「ルーターが壊れてしまったので買いに行かなくちゃならない」と言っていたそうだ。「ルーター」という言葉が出てくるところが驚きだ。

 菊人さんの家に訪ねると、ヒノキの一枚板で作った日本地図のパズルを見せてもらった。精密にできていてとても面白い。思わず買ってしまった。それも作っているのだという。ちょうどネムノキが可憐な花をつける時期で、菊人さんは「虫がつきにくい木なんだが、まっすぐ育たないから」と言っていた。




 菊人さん自身が林業に携わり、生計の中心だった30年間を竹で暮らしたという。三か所の竹林を持ち、年に一か所ずつ刈っては売って生計を立てたという。最も大きな販売先は、海苔の養殖場に立てる竹だったという。


 家の近くには一時は2000万円の値がついたというケヤキの巨木があった。
スギ・ヒノキだけでない森を育てている。


 林業者の時間は普通の人と違う。森が再生する時間は50年から100年だから、自分が植えた木が自分の収入につながることはまずないからだ。

 菊人さんが一番興味を持っていたのが木材の「低温乾燥炉」の話だった。
 ぼくの友人が開発してくれた低温乾燥炉は木材を傷めない低温で、しかも芯から乾かしてくれる。乾燥するまでの時間は従来の半分という優れものだ。菊人さんはそれを導入して地域の木材資源利用の起爆剤にしたいという。


「これから先を考えると、新たな仕組みが必要なんだ。
それによって地域の木材資源を活用できれば」

とあくまで前向きなのだ。


 未来は誰にでもある。

 たとえ94歳であろうと、森を考える身からすれば自分の人生に終わりがあるとしても森に終わりはない。菊人さんは自分の生き死によりもずっと先を見ながら生きているのだ。

 こうした生き方をしたいと思った。

 人々は簡単に「その頃には生きていないから」とか「もう歳だから」と言う。
人々はもっとつながりに責任を持った方がいい。人は一人という単位で存在するのではない。連綿と続いていく人の営為の間で、次のランナーにバトンを渡す存在なのだ。一人の死生観では自分が死ねばおしまいかもしれない。
 でももし主としてのヒトがその始まりから終わりまでの存在だとしたらどうなるだろう。

 森の仕事を手伝うようになってから、ヒトを単なる生物の一生として捉えるのは誤りのように思えてきた。次の時代につなげられなければ森を生かすことなどできない。それなのに人々が「自分の一生」ばかり大事にしていたのでは解決できない。

 ぼくは生物の種としてのヒトの、ごく一部のつなぎ役として生きられればいいと思う。逆説的だがそう考えたとき、明日に夢を見ることが許される気がするのだ。菊人さんの思いを実現したいと思う。可能なら菊人さんがご存命の間に。しかしそうでなかったとしても知り合えたことで、明日につなげられる思いを得た。


 生き方として「それでも明日に夢を見る」ことに敬意を覚えるのだ。